本日(2020年3月11日)は東日本大震災から9年という日でした。

とは言え、アサカラの周辺で言えば、75年前、実家の母が東京大空襲から生き延びたのが3月10日だったということで、そんな話をしておりました。

母にとっては記憶に残る最古の出来事だったようですが、街がどんどん焼け、人がバタバタ死ぬ、とにかく強烈な記憶だったようです。家は焼け、火に追われ、川に逃げた人が溺れ死ぬ。道行けば死体だらけ。

「みんな、離ればなれになるくらいなら、ここで死のう」

「お母ちゃんと一緒なら、ここで死んでもかまわないよ」

「いやだ、生きたい!」

そんな修羅場。

そのくせ、夜空を見上げたら無数の焼夷弾が降ってくる光景を「とても綺麗だった」と申しております。

うちの一族に関しては言えば、幸運にも一人も死ぬこともなかったので、3月10日は「家族全員が無事に生き延びたことを感謝する日」だったのだそうです。毎年内々に、白いご飯を炊いてお祝いをする日だったそうでございます。変な一家。

コメントを残す

Twitterでフォローしよう

ランダムに次の記事へ