【昔の林業写真】木を背負う の続きです。

人が直接、木を背負うという状況はやはり色々事情があるもので、

昭和10年頃、熊本県球磨郡藍田村

上の写真の場合は炭窯に炭材を詰め込む必要があったからです。(搬入しやすくするため、資材置場から窯口まで、足場を臨時に架設していました。)

その地域に運材設備が何も無いためという場合もありましたし、運搬費用の軽減の為だったり、

北海道追分三井製材場(明治後期~大正初め頃)

木材を貨車に積み込むだとか(積み込む機械が無い状況)、

炭鉱など狭い場所へ杭木を運び込む為に人力で行ったという例もありました。

ともかく数十kg、あるいはそれ以上の物体を動かす労働がきつく無い訳がありません。事故も当然発生しました。これらの労苦を軽減する為にも、様々な運材技術が発達した訳です。

アサカラ
そこんとこを忘れて、森林鉄道が無くなったから寂しいとか、筏運材のロマンとか、修羅運材の(略)
ストーップ!オーケー、言いたいことは分からんでもないが、あんまり余計なことは言うな。

わりと自戒を込めて

【昔の林業写真】木を背負う

【昔の林業写真】丸太を担ぐ-木を背負う3

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