逆柱(さかばしら)・・・木材を建物の柱にする際、木が本来生えていた方向と上下逆にして柱を立てることを言う。

逆柱

山に住む人夫達は、小屋の柱の逆さになつたのを忌む。

夫れは極めて粗末な、小さい處の掘立小屋である。
然れ共、住んで見れば己が住居に相違は無い。
一夏一秋の住居を作るに、先づ彼等は方位を見る。
一本一本の針葉樹の柱には不絶細かい注意を拂ひ、必ず鬼門を除けて作る。

或る山での出来事である。
二三續けて其小屋に人夫が負傷した。
強情で通り切つた其人夫小屋の組頭も、遂に不思議な心に捉はれた。

「さか柱じやないか」

と胡散臭さ想に小屋内を見巡した。

二三日して其一團の人夫達は、他に小屋掛して其小屋を出た。
新に入山した人夫達が、また其小屋に入つて来た。
一二日は炊事の設備やら、何かの雑務を遣つて居たが、其翌日から運材に従事した。

其日の事である。

初秋らしい高山地の白雲が空に流れた。
あかあか照り渡る秋の日は、働く心を動かさずには居れない様な快よい日である。
平坦な小谷に添ふて、木材は堰の装置を徐々に流れ下つた。
人夫達の懸聲やら鼻唄やら、労働と云ふ文字其者の示す様な、苦しい俤は更になかつた。

今日初めて出た、人夫達の内十八になつたばかりの若い人夫は、谷川に添ふて作業地を下って来た。
少し断崖になつた川岸に来ると、轟然たる響と共に一抱へ余りの岩石が、何故ともなく落下した。
其刹那不運にも、今しも通り掛つた若者を押し倒し美しい澄み切つた谷川に陥ち入つた。

附近に作業した人夫達は、直にそれを発見して、数人は谷川に入り岩石を除けて若者を救ひ出した。
左腕を全く挫折した若者は

「大丈夫だ」

と云つたなり人々の体に倒れかかつた。

劇しい出血は刻々に此の不幸なる若者の生命を縮めて行つた。
幾人かの人夫達は、此の若者を小屋に連れ却つて、更に医師を送る可く、山を下つた。

「逆柱はほんとうだ」

後から来た、組頭も考へた。

此の一組の人夫達も他に移った。

後に山を抱へ、前には美しい谷川に臨んて、筧の水の音も床しい此小屋はまた無住となつて仕終つた。


「山小屋雑話」 (木曾の山人)

長野県木曽町の木曾山林資料館(木曽山林学校)
の資料より、
大正時代の校友会報「岐蘇林友」151号から

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