斧による木曽ヒノキの伐採風景・大正時代頃(帝室林野局木曽支局)

 帝室林野局木曽支局による写真で、斧による木曽ヒノキの伐採風景です。年代ははっきりとは分かりませんが、大正時代の頃のものだと考えています。斧は「ヨキ」と呼びます。

江戸時代に木曽を治めていた尾張藩は、厳しく森林を管理しており、盗伐を防ぐ為に作業の音が小さい鋸(ノコ)ではなく、大きな音の出る斧での伐採をさせていたとか。

杣(そま)と呼ばれた木こりの人達は、重労働の為、一日5食、一升の飯を食べたとも。昔は動物性たんぱく質が少なかったせいかもしれません。

ともかく斧は昭和30年代に日本で本格的にチェーンソーが普及しだす前まで、鋸とともに伐木の主要な道具の一つでした。

大日本山林会第44回大会記念写真帳 (長野県開催・昭和10年) より

下段の写真は大日本山林会第44回大会記念写真帳(長野県開催)より。昭和10年の写真帳からですが、おそらく上段の写真の素材を使い回したものでしょう。同じ写真が帝室林野のエハガキにもなっています。

孫引きになりますが、

伐倒作業における 

石斧:鉄斧:チェーンソー:ハーベスタ 

の作業効率を概算すると

 1:4:400:6000~8000 

になるそうです。

(佐原1994)(「機械化林業」№785 2019.04【森林利用学を振り返って】第22回 林業機械化の歩み 酒井秀夫)

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