長野県木祖村藪原・昭和36年
アサカラ
いやー、今回も薪を集めましたねぇ
A氏
親子でひと休み、というところでしょうか
長野県川上村・昭和17年
A氏
「頑張れ今だ」と言われましても
アサカラ
戦時中の勤労奉仕のようですね
長野県丸子町・昭和20年頃
A氏
戦争が終わっても、日々の薪炭は必要です
アサカラ
青年団・青年会のような集まりのようですね
長野県飯田市・昭和30年
A氏
一方、こちらは一人孤独に炭運び
アサカラ
炭一俵は4貫目・15㎏ぐらいということだけど、これは大きいのかな?小さいのかな?
長野県平谷村・昭和43年
アサカラ
もちろん炭を焼く人がいないと炭は出来ませんが、昭和40年代にはもう業として成り立たせるのが苦しくなってきたようです
長野県穂高町・大正10年
A氏
薪だって作る人がいないと出来ないんだぜ、父ちゃん!
アサカラ
分かったから、切ってくれ。
長野県駒ケ根市近隣・昭和7年
A氏
馬も頑張ります
アサカラ
看板は「鹽」(しお)でしょうか
長野県阿智村・昭和30年
A氏
テレビジョン!
アサカラ
なのに薪のほうばっかり見てるのが当ブログの特徴です
長野県辰野町・昭和34年
A氏
バドミントン!
アサカラ
それでも背景の薪にばっかり注目するのが当ブログ(略)
長野県中野市・昭和35年
A氏
1960年!
アサカラ
学校から帰った後のたきぎ取りのようです
A氏
特にオチもなく、今回はここまで~

【昔の林業写真】薪のある風景―長野編1

【昔の林業写真】薪のある風景―長野編2

【昔の林業写真】薪のある風景―長野編3

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